京王線に海が出来た
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京王線に海が出来た。
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本当だからだ。
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息を吸う。
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ガタンゴトン、ガタンゴトン。次は調布、調布。お出口は右側か左側です。
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潮風が頬を撫でる。
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(さざなみのSE)
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まずは目の前に座っている男の説明から始めねばならない。
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男はビッグシルエットのジャケットを羽織っている。パンツにはセンタープレスが入っていて、どちらが前なのか分からなかった。側面にも正面に折り目がついてるだなんて、それじゃあ90度回転しても変わらないじゃないか。
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阿修羅像は三面六臂だが、彼を見倣うべきだ。
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髪型は——さほど重要な問題はなかった。正直なところ、何も印象に残っていない。
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特筆すべきは、彼の身につけている服飾のほとんどが、どれも燻んだ灰色で構成されている点だ。
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オールグレー。
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お洒落と言われれば、お洒落になる。もし俺の目が涙で潤んでいたとしたら、灰色の塊に見えているだろう。とどのつまり、お洒落な格好だ。
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ところで
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この男は120度だった。
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(さざなみのSE)
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Angle.
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両脚を120度開き、1.5席を確保している。開脚。彼のシルエットは何かに似ている。網膜に、脳裏に焼き付く。焼き付ける。この男を前に見たことがある。強烈な既視感。
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プロセスはどうでもいい。結論から述べよう。要するに彼は、
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テトラポットだった。
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CM
(CMが流れる。舞台は大型商業施設。ショッキングピンクのバッグを持った女性が映る。女性はバッグから財布を、財布からカードを取り出す。陽気なBGMが流れる。颯爽と走り抜ける女性を背景に、商品名が浮かぶ。全てが順調だった。)
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(陽気な芸人が陽気なタイトルコールをした後、映像はVTRへと回帰する。)
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テトラポットそのもの。
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彼がテトラポットに似ていたのではない。俺が乗車するずっと前、1961年にテトラポットが販売される前から……
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Ah~~~~~~~~~~~~~
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テトラポット登っててっぺん先睨んで宇宙に靴飛ばそう あなたがあたしの頬にほおずりすると 二人の時間は止まる
(aiko『ボーイフレンド』,作詞作曲 : aiko , 2000)
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好きよボーイフレンド
(aiko『ボーイフレンド』,作詞作曲 : aiko , 2000)
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Tetrabotのbに濁点をつけなかったのは、俺がaikoとNHKを(あなたが想像しているよりも遥かに)リスペクトしているからだ。
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男の話をしていた気がする。
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左端から二番目までの席を占領する彼(以下、テトラポットと表記)は、電車が縦に揺れようが横に揺れようがお構いなしに、液晶画面に吸い付いている。
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揺れる。
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(さざなみのSE)
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ご乗車お疲れさまでした、新宿、新宿、終点です。JR線、小田急線、丸ノ内線、都営新宿線、都営大江戸線はお乗り換えです。どなたさまもお忘れ物のないよう、お手回り品などいま一度お確かめください。ありがとうございました、新宿に到着です。
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テトラポットがなかったら、僕の足元には高くて太い波が押し寄せていたと思う。
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(さざなみのSE)
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ありがとう、aiko
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あとがき
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ありがとう